恋は大騒ぎ



「最近、変な視線を感じるんです」
「実は、俺もだ」
「プールの授業の後とか、特に」
「俺もだ」
「不気味です」
「実に不気味だ」
 清四郎と魅録は「ふーっ」と溜息をついた。
「覗かれてるような気がするんだよな、俺の家とか」
「実は、僕もです」
「風呂上りとか、特に」
「僕もです」
「気持ち悪いんだ」
「実に気持ち悪い」
 清四郎と魅録は「はあっ」と息を吐いた。
 

 二人は、とぼとぼと校庭を横切っていた。
「今日、俺んち来る?」
「……そうですね」
 清四郎が魅録に返事をしたとき、背後で「キャッ!」という悲鳴のような声がした。
「ま、まただ」
「いい加減にしてほしい」
 魅録と清四郎は逃げるように、校門を飛び出した。


「どうして、女ってのは、ああいう妄想をするんだろうな」
「さ、あ」
「俺たちが……その……愛し合ってるなんてよ!」
 自分で言って、魅録は気持ちが悪くなった。清四郎も不機嫌そうな顔をしている。
「まったく、信じられません。僕と魅録が……愛し合っているなんて!」
「嫌になっちまうよな。最近じゃ、野梨子まで俺たちのことを疑ってるんだぜ」
「え!野梨子が!?」
 清四郎は吃驚仰天した。
「そ、そうか。どうりで近頃、野梨子に避けられているような気がしたわけだ」
「この前、デートに誘ったけど、断られちまったし」
 魅録は足元の小石を蹴った。
「あなたは、清四郎とデートした方が楽しいんでございましょ!?……だとよ」
「なんということだ」
「どうやったら、誤解を解くことができんだろう」
「僕たちが、愛し合っていないという証拠を見せれば、良いのです」
「愛し合っていない証拠っていうのは……難しくねえか」
「……」
 清四郎は「うーん」と考え込んだ。
「喧嘩でもしてみますか」
 その言葉に、魅録は目を輝かせた。
「そうだ!別れればいいんだ!俺たちが別れるところを見せてやればいいんだよ!」
「しかし、それでは、僕たちが本当に付き合っていたと思われてしまう」
「いいじゃねえか。どうせ、今だってもう付き合ってると思われてるぜ、俺たち」
「確かに……」
「よし決まりだ!別れ話は、明日の朝一!昇降口で派手にやろう!!」
「分かりましたよ」
 妙な約束を交わして、二人はそれぞれの帰途についたのだった。


〜翌朝〜

 昇降口の前で、清四郎と魅録は対峙していた。ただならぬ雰囲気に生徒たちが二人
の周りに輪を作っている。
 先に口を開いたのは、魅録だった。

「ひどいじゃねえか、俺の他に男を作るなんて!!」
「!!」

 驚いたのは、清四郎である。これでは、新たなボーイフレンドの存在を噂される羽目
になるではないか。

(魅録め〜、ちゃんと考えて喋ってくれよ)

 清四郎は魅録のピンク頭を恨みがましく睨んだ。目には目を、歯には歯を……。
「それはこっちの台詞ですよ。……魅録の方こそ、僕の知らない間に、どこぞの男をく
わえこんでいたらしいじゃないですか!」
「く、くわえ……だとう!」
 露骨な言葉に、周囲がザワザワとし始める。

「やだー、松竹梅クンって、菊正宗クン以外にも男がいたのねー」
「純情そうに見えて、結構やり手なのね……。萌えるわ」

(なんてこった!)

 自分に注がれる視線に、魅録は固まった。向いに立つ清四郎は、これで優位に立っ
たとばかりに、「ふふん」と笑みを浮かべて、こちらを見ている。

(ムカつくー!コイツ、やっぱり傲慢だぜ!挫折感味わわせたくなるのは、俺だけか?)

 いきなり過去をほじくり返す魅録。スウッ、と息を吸い込むと、裂帛の気合と共に言った。
「俺が、新しい男に逃げたのはなあ、お前のせいでもあるんだぜ!!」
「僕のせい?」
 清四郎は眉をひそめた。コイツ、今度は何を言い出すつもりだー!そんな顔をしている。
「そうだ。お前の……その……夜の生活が、あんまりしつこいからよ!俺は嫌になっち
まったんだよ!!」
「な、な……なんということを言うんだ!」
 今度は清四郎にギャラリーの視線が向けられる。
  
「まあ。夜の生活ですって……」
「菊正宗クンって、スタミナがあるってことかしら。メモしておかなきゃ」

 清四郎は、わなわなと拳を握った。こんな羞恥を味わったのは初めてだ……。
「魅録!言っていいことと、悪いことがあるぞ!!」
「うるせえ!」
「元はと言えば、お前が求めてくるのがいけないんだろう!!」
 また出た、口から出まかせ。
「だ、誰が求めた!いつ、俺がお前を求めたんだよッ!!」
 もはや悲鳴になっている魅録。清四郎は頬に手を当て呟いた。
「毎晩、毎晩……もう、僕は疲れましたよ……(ふうっ)」
「てめ、被害者面してんじゃねーよ!」  
「その言葉、そのままお返しします。元はと言えば、浮気したお前が悪い!」
「だ、だからってよう……悠理と付き合うこと、ねえだろ!?」
「ゆ、悠理!?」
 いきなり出てきた名前に、清四郎は引き攣った。
「今は悠理のことは関係ないだろう」
「関係あるぜ。だって……悠理は男だからな!!」

(やべー!とんでもないこと言っちまったよォォォ)

 勢いに任せて言った出鱈目だったが、シャレにならないことに、魅録は気が付いた。
 案の定、周囲の学生たちには、今までで一番の衝撃が走ったようだ。

「うわー!やっぱり、剣菱さんって男だったんだ」
「やだー、信じられない。悠理サマが、男の方だったなんて……」
「でも、前からそうじゃないかとは、思ってましたわ」
「ですわね」

(あわわわわ……)

 魅録は焦ったが、もう後には退けない。男の、人生という名の短距離走には、越えな
ければならないハードルが必ず存在するという。(←聞いたことねえ)
 ――今がその時だ!
 魅録さん、勘違いしすぎです。

「ふっ、清四郎さんよ……。いい加減吐いちまいな、悠理が新しい男なんだろ!?」
「んなわけねーだろ!……もとい、そんなわけないでしょう!!」
 清四郎は青くなった。なんだかとんでもない展開になってきた。
「大体、悠理は女です!魅録だって知ってるでしょうが!!」
「違うんだよ、それが……」 
 魅録は真顔を作った。しかし、コイツは一体なにがしたいのか。
「今まで隠してたんだけどさ。あいつ……正真正銘の男だぜ」
「なっ……」

(そ、そうだったのか!?)ガーン!

 清四郎は絶句した。あまりのショックに。
 そんな…そんな…そんな……。ちょっとカワイイとか思ってたのに……。

「黙ってろって言われてたけどよ、こうなったら洗いざらいぶちまけてやらあ!」
「まだ、あるのか!?」
 青褪める清四郎に向って、魅録は声をひそめた。

「実は……可憐と野梨子も……男だ」
「え゛」

 では、有閑倶楽部は全員男だったということか。今明かされる、新事実!

「ちょっと待て、それじゃあ、可憐のあの胸はなんなんですか!」
「あれは、シリコンだ。最近の技術の進歩はすげえからな……(フッ)」
「では、野梨子は……」
 そこまで言いかけて、清四郎はハッと我に返った。(遅い)
「魅録、おまえの嘘は見破りました!野梨子は、男ではありません!なんせ、僕たちは
(子供の頃)一緒に風呂に入った仲ですから!!」
「ぐっ、しまったあああ」
 魅録は頭を抱えた。そうだ、こいつと野梨子は幼馴染だったんだっけー!
 清四郎は勝ち誇ったように笑った。
「ふっふっふ。背中の流し合いっこをした仲をなめてもらっては困りますねえ」
「つか、てめえ、野梨子とそんなことしてたのかよ!?俺だって、まだ一緒に風呂入って
もらえてないのに――でッ!!」
 後頭部に衝撃を感じた魅録は、頭を押さえた。
「なんだよ!?」
 後ろを振り返ると、

「いいかげんにしてくださいな!!」 

 野梨子が、今までに見たことのないような形相で、仁王立ちしていた。
 魅録は慄いた。こんなに怒っている野梨子は初めて見た!
「の、の……ノリノリぃ♪ぐえっ」
 お茶目なミロミロを演じてみたが、容赦なく足を踏みつけられてしまった。
「ノリノリじゃありませんわよッ!……清四郎、どこへ行くんですの」
 何事も無かったかのように立ち去ろうとしている清四郎を、野梨子はギロリと睨んだ。
 清四郎は立ちすくむ。
「……どこへも行きませんよ。まかせなさい、いつでも絶対助けますから」
「って、台詞違うから!場面合ってねえから!」
「うるさいですわよ、魅録!!」
「ごめん」しゅん。

 その後、小一時間ほど、二人は野梨子から説教を受けた。
 だが……本当の悲劇はこの後に、待っていたのである!




 


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