恋人が変質者



 雪が降ってきた。

(ホワイトクリスマス、か)

 今頃、美童と可憐は大喜びだろうな、と清四郎は思った。
 

 剣菱邸の門をくぐると、なにやら奇天烈な格好をした万作が遠目に見えた。
 近づいていく清四郎に気がついたらしく、ぶんぶんと手を振っている。
「おーい、清四郎クーン」
「どうも」
「また悠理の家庭教師だかね」
「ええ、まあ」
「いつもすまねえだがや」
「はあ」
 曖昧に返事をしたところで、万作の奇妙な扮装の正体に気がついた。
「それは、サンタクロースですか?」
「おお!気がついただか」
 万作は自慢げに赤い帽子の白いボアを撫でた。
「今日はクリスマスだで、みんなを驚かしてやろうと思っただよ」
「みんな、って。お客さんでも来られるんですか」
「んだ。毎年イブにゃ、剣菱の社員の子供を招待してるだがや」
「へえ……。知りませんでした」
 と、清四郎がサンタクロース万作の姿を眺めたとき、万作の携帯が鳴った。
「おっ、ちょっと失礼するだよ」
「はい」
「あー、ワシだがや」
 電話で話し始めた万作の傍で、清四郎はこの場にいるべきか、立ち去るべきか、迷
った。
 何となく、そのまま突っ立っていると、万作の表情が見る見るうちに険しいものになって
いくのが分かった。
「な、なんだと!?どーして、そういうことになるだかね!!」

(やっぱり、一流の実業家なんだな)

 改めて、清四郎は目の前のオジサンを見直した。
 そのオジサンは何やら段々エキサイトしてきたようだ。
「ええい、おめたちには任せておけねえ!今からそっちに行くだよ!!」
 ピッ、と電話を切ると、万作はうずうずと辺りを見回した。そういう仕草は、悠理に良く
似ている。
「うーん、どうするだか……」
「何かあったんですか?」
 清四郎が尋ねると、万作の目がキラリと光った。
「そーーだ!!おめがいただな!!清四郎くん、ちょっと来るだよ!」  
「はあ、なんです?」
「話は後だがや!!」
「へ?わ、うわ」
 困惑する清四郎の腕を掴むと、万作は屋敷に向った駆け出した。


「ここだがや」
 屋敷の奥まった場所にある一つの部屋のドアを開けた万作は、その中に清四郎を押
しやった。ここは、どうやら納戸のようなものらしく、衣装ケースが積み上げられ、壁に渡
されたポールには各種イベントの衣装が釣り下がっていた。
 清四郎がそれらを興味深く眺めていると、背後でカチリと鍵の閉まる音がした。

(えっ)

 清四郎の背筋を冷たいものが這い上がった。こ、この状況は……アブナイ!
 己の貞操の危機を感じて、後ろを振り返ろうとしたのだが、その前に万作の手が肩に
置かれた。
「清四郎くん、ここなら誰にも見られないだがや……」
「(ゾーッ)おじさん、いけません!!」
 清四郎はらしくない悲鳴を上げた。悠理とならともかく……いやいや、こんな中年親
父とそういう関係になるのはご免こうむりたい。
 しかし、相手は恋人の父親。しかも超がつく権力者である。無礼な態度はとれまい。
どうしたものかと清四郎が逡巡していると、いつの間にか前に回っていた万作が、清四
郎のコートの釦を外し始めたではありませんか!
「ぼ、僕は男ですよ」
 声が上擦った。男に言い寄られたことはあっても、こんなに積極的なアプローチを受
けたのは初めて……。
「もちろん、分かっとるがや」
「そうですよね……って!なにベルト外してるんですかあ!!」
 清四郎は慄き、素早く後ろへ飛び退った。ああ、武道やってて良かった。
「男同士で、なにをそんなに恥ずかしがってるだかね」
 きょとんとしている万作を警戒しながら、清四郎はズボンのベルトをカチャカチャと嵌
めた。なんなんだ、この状況は。
「恥ずかしいに決まってるでしょうが!」
「どーしてだがや」
「どーしてぇ!?」
 思わず喚いたとき、万作が何かをサッと目の前に突きつけた。
「四の五の言わずに、これを着るだ!!」
「……これは」
 清四郎はポカンとその服を指差した。赤と白の彩り。それはお馴染みの、サンタクロ
ースウェアであった。
「なぜ、僕がこれを」
「わしは、これから会社に行かねばならねーだ。おめが代わりにサンタをやるだ!!」
「はあ〜?」
 と、不満たらたらの声が出て、清四郎は慌てて口を手で覆った。いかんいかん、優等
生の仮面が……。
「しかし、僕はこれから悠理のテスト勉強を見なければ」
「悠理のことはほっとけばいいだがや!!あいつのアホはどうせ治らないだよ」
「そ、そうですか」
 実の父親にそう言われてしまえば、清四郎も食い下がることはできない。渋々、サン
タの衣装を受け取った。
「それじゃ、後はよろしく頼んだだよ!」
「あ、ちょっと待っ」
「グッドラックだがや!」
 止める暇もなく、万作は疾風のごとく、部屋を出て行ってしまった。
「て……」
 万作の背中へ向けて伸ばされた己の手を、清四郎は空しく見詰めた。
「どうすればいいんだ」
 一人呟き、しばしの黙考のあと、とりあえずサンタになってみることにした。


「……結構、イケてるじゃないか」

 鏡の中のサンタ清四郎を見詰めて、彼はニヤニヤとした。
 赤い帽子に、赤い服、赤いブーツと、完全になり切っている。

(これで、白い袋があったら完璧なんだがなあ)

 と、考えたところで、あることに気がついた。

 プレゼントがない。

 いや、きっと用意はしてあるのだろうが、一体それが何処にあるのかが分からない。そ
れ以前に、この衣装を身に着けて、何処に行けばいいのかも分からなかった。
「やれやれ」
 誰かに聞くしかないってことか。清四郎はあまり気乗りしないまま、部屋を出ることにし
た。 


 赤いブーツを鳴らして長い廊下を歩いて行くと、進行方向から剣菱家のメイドがやっ
てきた。清四郎の姿を認めた途端、ビクッ!と肩を揺らしている。
「菊正宗様……その格好は一体」
「見れば分かるでしょう。サンタクロースですよ!」
 清四郎は胸を張って言った。こうなりゃ自棄だ。侮られたら負けの精神で行け。
「は、はあ」
 この青年も、とうとうここの家風に毒されてしまったのかしら。そんな目をしていた。
「今日は、僕を待っている子供たちが来ているはずなんですが。何処へ行けば良いの
でしょうか」
「それなら、その突き当たりの部屋です……」
「そうですか。それと、プレゼントが用意してあると思うので、それを持ってきていただき
たいのですが」
 そう言うと、メイドは少し可笑しそうな顔をした。
「あ、プレゼントはありませんよ」
「え?どうして」
「ご主人様は、やってきた子供達をもてなすホスト役をやることを、毎年のプレゼントとし
ているんです」
「えーッ……」
 清四郎は困惑した。ホストだと?聞いてないですよ、おじさん……。
「それでは、今年は菊正宗様が、お子さんたちのお守り役なんですね」
「お守り。……そのようですね」
 不本意ながら、清四郎は同意した。
「じゃあ、後からお食事など持っていきますから、それまでお子様たちをよろしくお願い
します」
「分かりました」
 メイドさんに頷くと、清四郎は颯爽と、子供達の待つ部屋へ歩き出した。格好でもつ
けなければ、やってられない。


 ドアを開けると、円らな瞳が一斉に清四郎へ向けられた。

(はっ!こ、ここは……やはりあれを…アレを言わなければならないのか!?)

 澄まし屋の清四郎としては、かなり抵抗があったのだが、ここは恥を捨てることにする。

「メリィ〜、クリスマス!!」

 しーーーーん……。子供たちは、白けた顔をして、ジーッと清四郎のことを見詰めて
いる。

(何て、ノリが悪いんだ。これだから最近のガキは……)

 思わずチッと舌打ちしそうになるのを堪えながら、お得意の優等生スマイルを浮かべ
る清四郎。
「どうしたのかな、みんな?表情が硬いぞ〜」
 何やってんだ、オレ。と情けなさの極みに達する。
「今日は、楽しいクリスマス!そんなつまらなそうな顔してたら、神様もガッカリするじゃ
ないか」
 ちょっと説教くさくなったとき、一人の男の子が立ち上がって、清四郎をビシッと指差し
た。
「誰だ、おまえは!」
「うッ」
 清四郎は言葉に詰まった。だ、誰ってそりゃあ……。
「サンタクロースですよ」
「違う!サンタさんは、もっとおじいさんなんだ!さては、おまえ、変質者だな!!」
「ばっ……」

「馬鹿なこと、言ってるんじゃない!!」

 余りに無礼な子供の言葉に、清四郎は思わず声を荒げた。
「僕は、正真正銘のサンタクロースだ!!サンタの本場、グリーンランドからはるばるや
って来たんだぞ!!」
 なんという大嘘。しまった、と思ったのだが、もう遅い。子供たちの質問攻めが始まる。
「えー、本当に?じゃあさ、サンタさんって、十二月以外は何やってんの?無職?」
「違う。十二月以外は、プレゼントのおもちゃを作っているのだ」
「ウッソー。プ○ステとか、ゲームも自分で作ってるわけないじゃん」
「サンタを甘く見るなよ。グリーンランドには、S○NY(伏せ字の意味ねえ)の工場があっ
て、そこで沢山のサンタが、オートメーション化された作業で、日々、ハードを製作して
いるんです」
 ペラペラと良くもまあ、こんな嘘が出てくるものだと、清四郎は自分のことながら感心し
た。
 その見事(?)な説明に子供たちは、清四郎をサンタと認めたらしく、途端、目をキラ
キラと輝かせ始める。
「へー、そうなんだあ。すっげー、サンタさんって」
「さすがだねー」

(おっ、ようやく子供らしくなってきたじゃないか……)

 元来、子供は嫌いではない。清四郎に俄かに余裕が戻ってきた。
「フッ、ようやく信用してもらえましたか。分からないことがあったら、何でも聞きなさい」
 ……後から思えば、この一言がまずかった。
 子供たちは何やらコソコソと相談を始めた。
「ねー、あれ聞いたら、教えてくれるかなあ」
「え、でもさー、ママがよその人には聞くなって言ってたよー」
「よその人じゃないよ、サンタだもん。だいじょーぶだよ」

(なんだなんだ、一体)

 どんなことを聞かれると言うのだろう。自分が答を知っている質問だといいのだが、と
清四郎は思った。
 しばらくの話し合いの後、一人の少年がサンタ清四郎を見上げた。
「本当に、何でも聞いていいの?」
「任せなさい」
 どーして、こう安請け合いするんだ、ボクはぁ!!いつも思っていることなのだが、や
はり、その癖が出てしまった。
「あのさー、ぼくたち前から不思議に思ってたんだけど」
「うんうん」

「子供って、どうしたらできるのかなあ?」

「あっ」
 清四郎は一瞬、気が遠くなった。

(何故、よりによってその質問なんだァ……)

「ねー、サンタさんなら知ってるでしょ?」
「パパもママも、みんな教えてくれなくってさ」
「大人になったら、分かるって言うばっかりなんだもん」
「そ、それはだね……」
 迫ってくる子供達に、清四郎は自然と後ずさりした。

(こら、親!ちゃんと教えなきゃダメじゃないか!!どうして、僕がこいつらに性教育を
しなきゃいけないんだ!!)

 内心、顔も知らない彼らの親たちへ呪詛を吐くが、この状況は変えようが無い。どうし
たものか。
 お決まりの話をとりあえずしてみる。
「子供ってのは、月の綺麗な夜にコウノトリが」
「そんな話じゃなくって、もっと現実的なものだよ!」
「キャベツ畑で……」
「だから、違うって!」
「ううう」
 強く否定されて、清四郎は泣きたくなった。なぜ、お前らはそんなに子供の作り方を
知りたがるんだ!?
「あたしねー、キスしたら子供ができるんじゃないかなーと思うんだけど」
 少し大人っぽい感じの少女が言った。

(惜しい!考えの方向性はあっているが、もう少し過激な答えですね)

 何故かクイズ番組の司会者チックになっている清四郎。
「パパとママって、いつも朝キスしてるもん」
「ほほう」
「うそー、オレんち、そんなことしてるの見たことないぜー」
「隠れてやってのよぉ」
「えー、気持ちわりー」
「ボクんとこ、この前夜してたよ。トイレで一階に下りてったらさー、お父さんとお母さん
が下着で」
「キミたち、ケーキでも食べたら?」
 ニコニコとテーブルを指差す清四郎を、子供たちはギロと睨んだ。
「そんなのどうでもいーの!今重要なのは、子供がどこから来るかだよ!!」
「……」
「サンタさん、知ってるんでしょ。教えなさいよ!」
「し、知ら」
「知らないとは、言わせないわよ!」
「そーだ、そーだ!任せろって言ったぞ!!」
 さすがに、子供はパワーがあるなあ……。清四郎は天井を見上げた。
 その隙をついて、子供たちが飛びかかってくる。
「ぐふっ」
 いくら清四郎と言えども、突然数人の子供に乗りかかられては、体のバランスを維持
することができず、床に尻餅をついてしまった。何たる不覚。
 すかさず上半身に跨って、首をぐいぐいと絞めてくるクソガキども。
「教えろ〜!」
「サンタなんだろ!教えてくれなきゃ、また変質者って呼ぶぞ!!」
「変質者〜!」
「分かった、分かったから、変質者はやめろ!!」
 清四郎はとうとう観念した。人間、本当のことを言われるのが一番、辛いものである。
「仕方がない……。では、教えて差し上げましょう」 
 後で吠え面かくなよ……。清四郎の目がキラリと光った。
 


「あんにゃろー、遅いじゃないか!」
 悠理は部屋の時計を見て、苛々と貧乏ゆすりをした。もう、約束の時間を一時間も過
ぎているのに、清四郎が現れない。
 一ヶ月前に付き合い始めたばかりの二人は、未だ手も繋いだことのない清い仲。し
かし、清四郎の手の遅さに、内心悠理は焦れていた。

(クリスマスイブの今夜こそ、キスくらい一発決めてやろうと思ってたのにぃ)

 出鼻をくじかれたような気分になる。
「もしかしたら、もう来てるのかも」 
 家に来たものの、両親に捕まっている可能性は無きにしも非ずである。悠理は部屋を
出て、探しにいくことにした。


 ぶらぶらと長い廊下を歩いて行くと、どこからか子供の「ギャー!」とか「うえーん」とか
「信じらんなーい!」という泣き声とも奇声ともつかぬ声が聞えてきた。

(な、なんだァ?)

 声を追って、廊下を駆けて行くと、突き当たりの部屋から三人の子供が飛び出してき
た。
「あっ、悠理お姉ちゃん!」
「どうしたんだよ、お前ら」
「あのね、あのね……変態サンタが〜」
「変態サンタ!?」
 何だかよく分からないが、禍々しい響きを伴ったその言葉に、悠理は顔を強張らせた
「そいつが、お前らに何かしたのか!!」
「うん。子供って、どうやってできるのかって聞いたらね」
「こ、子供ォ?」
「すっごい、気持ち悪いこと言ったの〜〜!!」
「……。なんて言ったんだ」
「パパとね、ママがね、夜中にね」
「ゴクッ」
 思わず生唾飲んでしまった悠理。

「すっぽんぽんで抱き合ったら、自然にできちゃったんだって〜〜!!」

 ガン!と悠理は頭を打ち付けられたような衝撃を感じた。た、確かにその通り……な
のか?

「もう、あたしすごいショックだよぉ。だって、裸で抱き合うなんて、すごい気持ち悪そうだ
もん」
「だよな〜、オレ絶対、女と抱き合うなんてヤだぜー」
「僕だって。手もつなぎたくなーい」
「なによ、あんたたち。こっちだって願い下げよ!」

 やめてくれ〜!悠理が思わず耳を塞ぎかけたとき、部屋からサンタの扮装をした一人
の男が出てきた。
「あっ、清四郎!」
「悠理!お前、なぜこんな趣味の悪い成金屋敷にいるんだ!?」
「ここ、あたしの家なんだけど……(それがお前の本心か)」
「ああ、そうだったな。すっかり忘れてた」
「つか、その格好なんだよ!変なコスプレでもやるつもりか、え!?」
「はあ?なに言ってるんですか」
「それで、あたしにミニスカートのトナカイの格好とかさせて、あんなことや、こんなことす
るつもりなんだぁ〜〜!」 
「妄想はその辺にしておいて(なぜ、バレたんだ)」
 キャー!と頬を手で押さえて一人で照れている悠理を見て、清四郎は引き攣った。
「この子供サンたちを何とかしてくださいよ」
「それよりお前、こいつらに変なこと吹き込んだだろ!!」
「真実です」
「もし、ガキが真似したらどうするんだ?」
 その悠理の言葉を聞いた途端、清四郎の顔が少し青褪めた。
 確かに……。ちゃんとしたやり方を知らないからと言って、いざ興味本位で裸になっ
たら本能で自然と体が反応してしまうかも!?
「しまったあああ」
 悩む清四郎を、悠理がニヤニヤと生温い目で見守っている。
「あーあ、どうするつもりかね、清四郎クン?」
「ちッ」
 思わず舌打ちが出てしまった。くっ……こんな野蛮人に馬鹿にされるとは、とんでもな
い日だ。なにが、聖なるクリスマスイブだー……。
 清四郎はギャーギャー喚いている子供たちに向って、屈みこんだ。
「君たちに聞いてもらいたいことがあるんだけどな♪」
 お○さんといっしょのお兄さん張りの優しい声。
「なーにぃ、変態サンタさん」
「誰が変態だッ!!」
 またしても正体を言い当てられて、ギラッと目を剥くと、子供たちの顔が歪んだ。
「うわ〜ん、怖いよぉ」
「殺気がほとばしってたよ〜」
 びえー、と泣き出す子供たちの頭を悠理が撫でた。
「よしよし、怖かっただろ?このおにーさんはなあ、変態と言われるのが何より嫌いなん
だよ。本当のことだから」
「なんで、そうなる!!」
 今にも血管ぶち切れそうな清四郎。わなわなと拳を握ったところで、我に返った。

(いかん、いかん。冷静になれ、自分!!)

 すーはー、といきなり深呼吸しだす清四郎を、子供と悠理が不気味な眼差しで見詰
めていることに彼は気が付いていない。
「よし、大丈夫……それでね、お兄さん、君たちにお願いがあるんだ☆」
「うん、変態さん」
「(へ、変態さんだとぉ!!)……さっき、僕が言ったことを覚えてるよね」
「そりゃ、忘れらんないよー。トラウマだよ!」
「裸で抱き合うと、子供ができるってやつでしょ?」
「そうそう。君たち……絶対にそれを真似しちゃダメだからな」
 真剣な表情でそう言うと、子供たちは心底嫌そうな顔をした。
「言われなくても、しないよ!」
「気持ち悪いもん」
「ぜってー、やんないよ、オレ」
「そうは言っててもね、もう少し大きくなったら、やってみたいなーなんて思ったりすること
もないとは、言い切れなかったり、しなかったりなんかして……」
 言葉尻が曖昧になったのは、頭上から、悠理の冷たい視線を感じたからだ。
「ウソだぁ!女と裸で抱き合うなんて、絶対ヤダ!」
「じゃあさ、サンタさんはそういうことしたことあるのぉ?」
 あんまり自然に聞かれたので、こちらも自然に答えてしまった。
「あるよ」

 うげッ!清四郎は固まった。う、後ろが見れない……。

「へ〜、そうなんだ、あるんだあ……」
 半分笑っているような悠理の声が聞えて、清四郎は弾かれるように立ち上がった。
「違う!待ってくれッ」
「なにをそんなに焦ってるんだよ?別にいーじゃん、女と裸で抱き合ったってサ……」
 そっぽを向く悠理に、清四郎もマジモードになる。
「昔の話だ。頼む、許してくれ」
 精一杯頭を下げて、肩に手をかけようとしたが、つれなく背中を向けられてしまった。
「別に、どうでもいいし〜」
「嘘だ。怒ってる!」 
「怒ってないもん!」
「怒ってないなら、こっちを向け!人と話すときは相手の目を見て話せと教わらなかった
のか!?」
 いきなり逆切れする清四郎。さすがである。
「お前の親の顔が見てみたいわ!」
「父ちゃんと母ちゃんの悪口は言うな〜〜!!」
 生涯現役ガキの悠理はブンブンと手を振り回しながら、清四郎に掴みかかってきた。
「清四郎のばか〜〜!」
「ふむっ!」
 清四郎はパシッと悠理の拳を受け止めて、彼女を無理やり抱き締めた。子供がその
様子をまじまじと見詰めているのにも気付かず……。
「確かに……僕は、バカだ!!」
「や、やっと認めるのかよ」
「悠理のような可愛い女の子を泣かせて!なんという大馬鹿者なんだあ!!」
 渾身の演技だったのだが、悠理には通じなかったようだ。
「いでっ!!」
 思いっきり足を蹴られ、その隙に悠理は腕の中から逃げ出した。
「バカ!このスケコマシ!!」
「悠理ーーッ!」
 清四郎は床にがっくりと崩れ落ちた。
「……」
 恋人に振られた余韻に浸っていると(酷ぇ)、今まで静観していた子供たちが寄って
来た。
「ねえねえ、サンタさんって、悠理ちゃんの彼氏だったの?」
「だったの?じゃない、今もそうなんだ」
「でも、振られたんでしょ、今」
「……いや、あれが彼女の愛情表現なんですよ」
「やっだあ、振られた男の言い訳は見苦しいわよ、サンタさん」
「君は可憐みたいなことを言うヤツだな……」
「ねえ、それでさ」
 と、一人の少年が清四郎の顔を覗きこんだ。
「スケコマシってなに?」




 


next