癖 テーブルに座る悠理の前には、開かれたノートと参考書。斜め前にはメイドが持って きた紅茶と菓子が鎮座ましましていたが、すっかり冷め切ってしまっている。 「ね〜、そろそろ休憩にしようよぉ」 窓辺に立っている清四郎に向かって、悠理は呼びかけた。 「解けたんですか?」 腕組みしたままで、彼は悠理を振り返った。 「その問が終わったらと言ったでしょ」 「終わってないけど〜……なんか頭が上手く働かないんだもん」 「甘えたこと言ってるんじゃありませんよ」 清四郎は冷たい。確か悠理の彼氏のはずなのだが、ちっとも彼女に対して優しくない。 「やだ〜!もう、勉強したくない」 悠理はテーブルをドンドンと叩いた。ティーカップがカチャカチャと小刻みに揺れる。 心底嫌そうな顔で、清四郎は悠理を睨んだ。 「やめなさい、そんな子供みたいな真似」 「だって、お腹すいた。それに、甘いもの食べると頭がよく働くって、清四郎も言ってた じゃん」 じーっと見つめると、やがて根負けしたように、清四郎はテーブルにやってきた。 「自分に都合の良い話ばっかり覚えてるんだから」 ぶつぶつ呟きながら悠理の向かいに座り、カップの紅茶に角砂糖を一つ入れる。 「あたしのにも入れて〜」 「はいはい」 「二個ね!」 「分かってる」 甘い紅茶と甘いケーキ。三時のおやつは、悠理の至福の時間だ。ニコニコと自然に 笑みが浮かんでくる。だが、目の前の清四郎は逆で、何を考えているのか分からない 表情で腕を組んでいた。悠理は初めて気づいたのだが、彼は何かというと腕組みして いる。 「おまえさ〜、なんで腕組みすんの」 「は?……ああ、なんでですかね」 清四郎自身、不思議そうな顔をしている。 「なんか、落ち着くというか」 「あたしは、落ち着かないけど」 「そうなんですか?」 聞き返してくる清四郎に、悠理はうんうんと頷いた。 「清四郎がそうやってると……拒絶されてるような気がするんだもん」 心持ち、なじるように言うと、清四郎は「ん」と眉をしかめた。 「拒絶なんかしてませんよ」 「してるように見えるの!それに、前にどっかで聞いたけど、腕組みって『拒否』と『防御』 のポーズとかって話じゃん」 「まあ、確かにそういう説はありますけど」 「ってことは、清四郎はあたしに対して、心を許してないんだ!」 「バカなこと言わないでください」 気のせいか『バカ』の部分に力が入っていたように、悠理には聞こえた。 「じゃあさ〜、もうあたしの前で腕組みするの、やめてくんない?」 清四郎は「うーん」と考え込んでいる。何をそんなに悩むことがあるのか。 「ほれほれ、どうするんだよ。おまえのケーキ食べちゃうぞ〜」 「待て」 手癖の悪い悠理から皿を取り返しながら、清四郎は言った。 「分かりましたよ。悠理が不快だというなら、やめてさしあげようじゃありませんか」 「よし、約束だからな。指切りげんまん!」 「やれやれ」 嘘ついたら、針千本のーます! 「ねー、ここどうすればいいの」 「ああ、そこはね……」 亀のようなスピードでノートを埋めながら、悠理はちらちらと清四郎の様子を盗み見て いた。 固い契りを交わしたからか、清四郎は先ほどから腕組みをしていない。 時々、両腕が交差しそうになるが、慌てて戻している。手持ち無沙汰なのか、テーブ ルの上で指を組んだり、頬杖をついたり、はたまたペンを回したり。 (落ち着きねえ〜) 腕組みという仕草は、清四郎の冷静さの生命線だったのだろうか。それほど、今の彼 は落ち着きがなかった。 悠理は、ふふんと笑った。 「腕組みしたい?」 「別に」 そう言う清四郎は涼しげな顔をしていたが、指はせわしなくテーブルを叩いている。 「それより、さっき質問のあった問題はできたんでしょうね」 「まだ考え中だもん」 「ふーん。……そうだ」 何かを考えついたように小さく頷くと、清四郎は立ち上がり、悠理の傍にやってきて、 隣の椅子に腰をおろした。 「なんだよ」 「この席の方が、教えやすいから」 「……ヤダな〜」 「なにがイヤなんですか、なにが」 言いながら、清四郎は右手を伸ばして、悠理の頭を撫でた。予想し得ない彼の行動 に、悠理は面食らった。 「な、なにするの!?」 「いや〜、悠理はいい子だなぁって」 「やめてよ……」 清四郎の手を払うと、悠理は参考書に向き合った。隣の男が不気味だ。 しばし真剣に考える。 「うーん……あ、わかったぞ!」 「へーえ」 と、今度は肩を抱き寄せられた。 「だ〜か〜ら、やめろって!」 悠理は清四郎の腕を外そうとするが、彼は抵抗する。 「いいじゃないですか、肩に手を回すくらい」 「邪魔なんだよ!」 「邪魔なら無視してください」 そのうち、肩を抱くだけでは飽き足らなくなったのか、空いている右手で、こめかみの あたりをくすぐってくるようになった。 「うざいってーの!!」 「だって、腕組みするなって言うから」 清四郎はじっと己の手を見詰めた。 「なんか触ってないと、落ち着かないんですよね」 「〜〜〜!!」 なんだ、その理屈は!? 悠理は納得いかなかったが、今の状態はかなり面倒なので、投げやりに言った。 「じゃあ、もう腕組みしていーよ」 「それはできません。きちんと指切りげんまんしたじゃないですか」 「あのね〜」 なんだか、悠理は自分がからかわれているような気がしてきた。 「おまえさぁ、ただじゃれ付きたいだけなんじゃないの」 「分かりましたか」 真面目な顔をしているつもりかもしれないが、清四郎の目は笑っていた。 「あたし、お勉強しなきゃいけないから」 「じゃあ休憩にしましょう」 「この問が終わらないとダメだもん」 「甘いもの取ると、頭の回転良くなるんですよ」 「それ、あたしの受け売りじゃん」 「常識です」 と、いきなり清四郎はキスをしてきた。 「ん!」 何が何だか分からないうちに、口付けは深くなっていった。絡まる舌が無理やりに感 情を昂ぶらせる。悠理は、清四郎の頭に手を回し、セットされた髪をぐしゃぐしゃにかき 乱した。 ようやく唇を離すと、清四郎のにやけた顔が目に入ってきた。 「頭、すっきりしました?」 「……するわけないだろ!!」 悠理は、流された決まり悪さに顔を赤くしながら、清四郎の額をどついた。 普段の彼ならムッとしそうなものだが、今は「あはは」と笑っている。 (……腕組みをしてない効用……なのか?) 悠理は、やっぱり清四郎には腕組みさせておくべきかも、と思った。(めんどくさいから) 終わり 初出:掲示板 キスシーンって、人様のを読むのは好きだけど、書くのはあんまり好きじゃない…。 BACK |