おいくつですか?

 

 とある村での、とある夜のことでございます。

「ねぇ、クリフトって何歳なの?」
「……ということは、姫様は今まで私の年齢を知らなかったということですか?」
「だって、興味がなかったんだもーん」
「フォフォフォ。クリフトよ、姫様にとってお主の存在など、それまでのものということよの」
「そ、そんなぁ」とほほ。
「あら、でもあたしはブライの歳も知らないわよ」
「なんですと!?」ガビーン!
「七十だか、八十だか、九十だか、そのくらいなのは確かよね」
「姫様、だいぶ幅が広いですよ」
「大して違わないじゃない?七十でも八十でも九十でも、ブライは通用すると思うけどな」
「大違いですじゃ!!」
「じゃあ、本当の年齢を教えてよ」
「うっ……それは……」
「さあ、ブライ」
「そ、それは……それは……」
「それはぁ!?」
「それは秘密、秘密、ヒミツ♪ヒミツのあっ」
「やだ〜、ブライがおかしくなっちゃった!」
「ブライ様も歳ですからねぇ。ボケが出てきてもおかしくありませんよ」
「バカタレ!!誰がボケじゃ、誰が!」
「ブライだよーん」
「姫様〜ッ!!……コホン、さてクリフトや。お主の年齢は幾つなのだ」
 クワッ!とジジイから睨まれた青年はぎくりと肩を揺らした。
「わ、私の歳など、気になさらなくてもよろしいでしょうが」
「いやいや、道中を共にする以上は、知っておきたいところじゃな」
「ていうか、ブライ様はご存知でしょうに」
「……」
 黙りこむブライに、アリーナが飛びつく。
「あ、ブライは知ってるんだー。クリフトって何歳なの?おせーておせーて!」
「う、うぅむ……」
 ブライは難しい顔をして、なにやらヒゲをいじっていたが、やがて口を開いた。
「二十……二じゃったかの!!」
「ブー!」
 と、クリフトは容赦なく言った。
「私は二十二歳ではありません」
「なんだ、ブライも知らないんじゃん!」
「やっぱりボケが進んでらっしゃるのかも」
「だよね〜。最近、夜中に一人で歩いてたりするし」
 コソコソと囁きあうアリーナとクリフトに、ブライは拳をわなわなと握り締めた。
「だまらっしゃい!!ええい、それならクリフトよ、答え合わせをしてもらおうではないか。
お前の真実の年齢を言え!!言わぬと、神官の職をクビにするぞ!!」
「く、クビですって!?ブライ様、そんな殺生な」
 クリフトは青褪めた。目の前の頑固ジジイは一見ただのジジイだが、サントハイム宮中
においては、誰も及ぶことのないほどの権勢を持ったジジイなのだ。要するに、彼の意
に逆らうことは容易ではないということである。今ここで年齢を明かさなければ、本当にク
ビが飛ぶことにもなりかねない。
 どうしたものかと、クリフトは悩んだ。なぜ年齢を言うことをそこまでためらうのかと、読
者の皆さんは不思議に思っておられるだろうが、その理由は実に情けないものであった。

(まいったな、ボクも自分の年齢知らないんだよな)

 なんということであろうか。クリフトは自身の正確な年齢を把握していなかったのである。
確か、二十三、四のはずだということは分かるのだが、なにせサントハイムには戸籍と
いうものが存在しない。もちろん家族から生年月日を教えられたのだが、その生年月日
が聞くたびに二転三転するのだから、全く当てにならない。
「ちょっと待ってください」
 と、クリフトはブライを手で制した。アリーナの方を向く。
「姫様は、今お幾つでいらっしゃいましたか」
「無礼者ォォ!!」
 アリーナが答える前に、ブライの雷が落ちた。
「妙齢の女性に歳を聞くとは、なんたる不埒な!しかも、ただの女性ではない。我らが
サントハイム王女、アリーナ殿下に対して!!けしからん!!」
 ふんがーとブライは頭から湯気が出そうな勢いで、クリフトに捲くし立てた。クリフトは
と言えば、これから先の己の末路を想像して、真っ白になってしまっている。
 アリーナは「まあまあ」と二人の間に割って入った。
「そんなに怒らないでよ、ブライ」
「ワシは、こやつのためを思って、言っておるのです!!まさかこれほどの無礼者とは知
らなんだ!」
「あたしなら別に、歳くらい教えたってかまやしないわよ」
「ならぬ、なりませぬぞ、姫!!」
「なぜ、そんなに年齢を明かすのを阻止しようとするのでしょう……」
「あたしはね〜」
「姫様!」
「あたしは、十八歳よ!」
「わ、若っ!」
 と、ブライとクリフトは思わず声を揃えてしまった。そうか、姫様はまだティーンエイジャ
ーだったんだ!
「ということは、私と姫は確か六つ違いですので、私は二十四歳ということになりますね」
 クリフトは得心したように頷いた。横でブライも同じようにフムと髭を撫でている。
「ワシと姫は、四回り半離れておるからな、十八プラス五十四で、七十二じゃな」
「ふーん、ブライって案外若かったのね」
「八十くらいは行ってそうな雰囲気ですよね」
「それを言うならクリフト、お主も案外、歳が行っておるのだな」
「そうね〜。あたしも少しビックリしちゃった」
「どういう意味ですか、それは。歳の割りに私が子供っぽいということですか?」
「まだまだ甘い、ということじゃ」
 憮然とするクリフトに向って、フォフォフォとブライは笑った。
「二十歳過ぎにしては、浮世というものを知らぬよな、お主は」
「知ってますよ、私だって……」
 少しの間のあと、クリフトは「少しくらいは」と付け足した。
「浮世ってな〜に?」
「姫様は、知らなくてよいことですじゃ」
「なんでよ、クリフトは知ってた方がよくて、どうしてあたしは知ってちゃダメなの?」
 おせーておせーて、と騒ぐアリーナに、ブライは意味ありげな一瞥を投げた。
「クリフトは男ですからのぉ」
 よっこいせと、椅子から立ち上がり、ブライは部屋を出て行った。こんな真夜中に何処
へ行くのだろうか。やはり徘徊であろうか。
「まったく、とんだ生臭坊主ですね」
 フンと鼻を鳴らしながらも、クリフトは何処か動揺しているようにアリーナには見えた。
「今の、どういう意味?」
「どういう意味でしょうね?」
「はぐらかさないでよ」
「別に、はぐらかしてませんよ」
 言いながら、クリフトはテーブルの大きなランプの火を吹き消した。眠る前のお話はも
う終わりだよと合図する。
「さあ、もうお休みください。明日も早いんですから」
「はいはい」
 アリーナは素直にベッドにもぐりこんだ。ドアを開けた先の廊下から、クリフトが頭を下
げる。
「おやすみなさいませ」
「うむ、おやすみ」
 父王の真似をして答えると、くくく、と笑う声がして、部屋のドアが閉まる音がした。




 


 
昔のクリアリ熱が、ちょっと……再燃したんですよね……はい……。
 つーても、カプにも話にもなってませんがな……。
 

 


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