青空


 久しぶりに剣菱邸に顔を出すと、学生時代からまったく変わっていない悠理がいた。
 清四郎を見ると、「よっ」と手を上げて、歩いてくる。
「なにしに来たの?」
「ちょっと仕事のことで」
 彼は剣菱グループに入社していた。会長のご令嬢が、お笑いになる。
「大変だよなあ、サラリーマンは」
「いいですよね、家事手伝いは気楽で」
 嫌味を言うと、こめかみの当たりから汗が流れた。清四郎はハンカチで拭った。
 あーあ、これじゃあまりにステレオタイプなサラリーマン……。
 そう思ったが、それについてあれこれ考えている暇も、今はない。
「それじゃ」
 と、清四郎はその場から立ち去ろうとした。だが、数歩踏み出したところで、スーツの
袖を掴まれる。
「ちょっと待てよ」
「言っておくが、お前の遊びには付き合えないからな」
「遊びじゃないって!清四郎に見せたいものがあるの」
「……なに?」
「来て」
 悠理に手を引かれるまま、連れて行かれたのは、廊下の奥の奥にある扉の前だった。
初めて来る場所だ。
「なんですか、ここは」
「屋根裏への階段」
 言いながら、悠理は古びた真鍮のノブを回した。
 扉が開くと、中から廃屋のような埃っぽい匂いが流れ出してくる。
「全然、使ってないんですね」
「あたしも、この間初めて入ったんだもん。子供のときから、ずっと鍵掛かっててさ」
 部屋の中には、古びた机や椅子が乱雑に置かれていた。物置として使われていたら
しい。
「こっち、こっち」
 悠理に促されて、清四郎は部屋の隅にある階段に足を掛けた。ギシギシと踏み板が
軋む。
「抜けないだろうな、これ」
「大丈夫だって」
 階上からは、仄白い光が差し込んでいた。埃がきらきらと舞う中を上がっていくと、広
い空間に出た。天井の線が斜めに落ちてきている。
 清四郎は右手を振って、視界を遮る蜘蛛の巣を払った。
「少しは掃除した方がいいですよ」  
「へいへい」
 いい加減に返事をしながら、悠理は窓を開けた。外へ身を乗り出し、顔を上へ捻って
いる。
「あー、いるいる!」
「なにが」
「ツバメ!」
 突っ立っている清四郎を、悠理は窓辺へ引っ張った。
 彼女の隣から上を仰ぐと、軒下に巣が出来ていた。雛が三羽、黄色い口をパクパクさ
せている。
 清四郎は目を細めた。
「本当だ。可愛いなぁ」
「だろ、だろ?可愛いよなぁ〜」
 うっとりと悠理は雛を見つめた。
「巣を作ったのは、今年が初めてですか?」
「さあ?気付いたのは、今年からだけどさ。もしかしたら前からあったのかも」
「ふーん……」
 清四郎が納得したように何度か首を振ると、悠理は「えへへ」と窓枠に凭れて足をバ
タバタさせた。
「来年も来たらいいな」
「きっと、来るんじゃないですか?」
 清四郎の返事に、悠理の顔がほころぶ。
「そしたら、また一緒に見ようね」
 一瞬、清四郎は目をぱちくりさせてしまったが、すぐに、
「ああ」
 と、頷いた。
 
 


 
 
 
以前、掲示板で書いたものです。
 笑いかける悠理に、頷く清四郎が書きたかったというだけの話です。


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