愛嬌



「しゅ、しゅ、しゅーてぃんぐすたー♪」
 前方を行くマオの歌声が風に乗って流れてくる。思わず、ヒルダはくすりと笑った。
「マオって可愛い……」
「おまえにも、何かを可愛いと思う感情があったんだなぁ」
 横から茶々を入れてくるのは、ティトレイである。彼は腕組みをして、もっともらしく首を
傾げた。
「意外だぜ」
「……失礼なヤツね」
 ヒルダはカードを持った手を、さっとかざした。
「ぶつよ」
「う、ウソウソ!!冗談だって!」
 ティトレイは、わたわたと両手を振った。どうやら本気で怖がっているらしい。そんな彼
の様子に溜飲が下がったヒルダはカードを引っ込めた。身の安心を確認したティトレイは
胸を押さえて「ふー」と息をついたりしている。
「まったく、危ないお姉さまだこと」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「そ……それにしてもだ!」
 と、不意にティトレイは声を張り上げた。きっと、彼にとっては具合の悪そうな話の流れ
を変えたいのだろう。その意図はヒルダには見え見えだったが、彼女は乗ってやることに
した。
「なによ?」
「マオって、歌下手だと思わねぇ?」
「……んー?」
 ヒルダは唸った。

 ――マオって、歌が下手なのかしら?それとも歌う曲が変なのかしら?
 
 どう考えたものかと悩む彼女だったが、ティトレイが「なあ、どう思う?」と返事をせかし
てくるので、
「確かに下手……かもね」
 と、答えた。我が意を得たりと、ティトレイは大きく頷く。
「だよな、やっぱそうだよ!!」
「でもまあ、可愛いからいいんじゃない」
 未だに調子っ外れの歌を歌っているマオの小さな背中を見て、ヒルダは再び笑みを浮
かべた。
「それに心も和むし」
「おまえにも心が和むという、感情の動きがあっt」
「それはもういいから」
「……でもよー、マオの歌ってそんなに可愛いかぁ?」
 ティトレイは頭の後ろで手を組んだ。
「おれ、そんな風に思ったことねーけど。つか、マオのこと可愛いと思ったことないしな」
「えっ、どうしてよ!!」
 ヒルダの声は我知らず大きくなった。あんなに可愛いのに、マオたん……!!
「ど、どうしてって……男のおれがマオのこと『かーわいぃ♪』なんて言ってたら、気持ち
悪いだろうよ」
 怯んでいるようなティトレイの目に、ヒルダは「はっ」と冷静さを取り戻した。
「そ、それもそうね」
「……ヒルダ、今日のおまえ何か変だぞ」
「あんたに言われたくないわよ」
 すかさず切り返したが、ティトレイは何やら思いつめたような表情をして、じっとヒルダ
の方を見ている。普段の彼らしからぬ顔に、(意外と整った顔立ちしてるのね)とか思っ
てしまい、ヒルダはどぎまぎした。
「な……何をそんなに真面目な顔してるの」
「おまえ、まさか……」
「なによ、まさかって」
「マオに惚れてるのか?」

 …………。

 なんとも言えない沈黙が二人の間を流れた。
 驚愕に目を見開くヒルダに対して、ティトレイは怖いくらいに真剣な眼差しをしている。
「おい、どうなんだよ」
「……ば」
「ば?」
「あんたって、本当にバカね」
「へ……」
「いいえ、バカじゃ足りないわ。アホを上乗せして、アホバカね!!」
「んだと!?」
 ようやく自分が散々な罵倒を受けていることに気が付いたティトレイ(遅)が、睨んでく
るが、ヒルダも負けずに睨み返した。
「私がマオに惚れてるなんて、どういう思考回路をしてたら、思いつくのよ!」
「だって、おまえ、しょっちゅうマオのこと見て、くすくす嬉しそうに笑ってるじゃねぇか!」
「子供は暢気でいいわね〜って、笑ってるだけじゃないの!」
「それに、マオには何かと甘いしな!」
「そんなの、子供だからでしょ!?」
「うっ……じゃあ、マオがおまえの腰に抱きついても、許してるのは……」
「子供だからよッ!!!」
「……」
 ようやくティトレイは反論することをやめた。ヒルダは腰に手を当てて、大きく息をつく。
バカの誤解が解けたらしいのは良かったが、全く無駄な体力を使ってしまった。
「ああ、疲れた」
「……悪かったな、アホバカで」
 呟くティトレイを見ると、拗ねたような顔をして俯いている。その瞬間、ヒルダの胸の奥
が「きゅん」と、ついぞ感じたことのない甘酸っぱい痛みを覚えた。

(ティトレイって可愛い……かも………………なんて思ってないわよ!うん、思ってない!!)

 誰が聞いているわけもでないのに、ヒルダは心中の呟きを懸命に否定した。  

「ぼくのおねがいかなえてね〜♪」

 マオの歌声がまた聞える。だが、今のヒルダは笑う気にはなれなかった。苦い顔をして
いると、ティトレイが肩に肩をぶつけてくる。
「なあ、今、心が和んでるんだろ?」
 ヒルダは無言で、その肩を突き飛ばした。


「ユージーン」
「なんだ、ヴェイグ」
「ティトレイって、ヒルダのこと……」
「うむ、そうだな」
「お喋りな割りに、女の人を口説くのは下手なんだな、あいつ……」
「ヴェイグ、馬に蹴られるぞ」
「……わかった」 
 後ろを歩いている二人が、こんな会話を交わしていたことを、ティトレイとヒルダは知るよ
しもなかった。




 


 
なぜかヒルダがマオたん萌えに……。
 


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